スピリチュアルカウンセラーSACHI* パワースポット【古民家】から発信*心のメッセージ・Q&A

明治時代の特大木製滑車
築107年となったの古民家   SACHI教室

明治時代の特大の木製の滑車、
                   あと1個
                         これより一回り大きい物が納屋の天井張にあります。


スポンサーサイト

古民家の 昼間でも星が見える部屋
築107年の古民家です。
それぞれの部屋には、異なった模様の入ったガラス戸で統一され、
それぞれの部屋の拘りがり、
奥の間は、昼間でも星が見えるようです。NEC_0187 (2)

古民家 レトロな「ガイシ」
築107年となったの古民家 SACHI教室です。
ですから、電気の配線も、碍子(ガイシ)が使われています。
                           
この糸巻き状の陶器を「碍子(ガイシ)」といい、
碍子で布製の電線を支えて室内に張りめぐらす施工法を
「碍子引き工事」「ガイシ引き配線」と言うのだそうです。
「ガイシ引き配線」とは、
昭和38年頃まで日本全国で使われていた配線方式です。

    

昔の電線は、現在のようにビニールで覆われているものはなく、このような布製でした。
そのため配線の絶縁性を高めるために、「ガイシ」で電線を壁から浮かして配線をしていたのです。
その後は、
建築様式の変化や、電線の絶縁性向上などで、しだいに姿を消していった「ガイシ引き配線」ですが、

近年では
古民家風の住宅や店舗が注目され、
レトロな雰囲気を醸し出す目的で、
飲食店や好事家が、装飾的にガイシ」「ガイシ引き配線」取り入れているそうです。

悠久の時を越えた 明治時代の錘
明治8年(1875 年)に近代日本最初の度量衡法規として、
「度量衡取締条例」が交付され、
明治19年(1885年)に日本もメートル条約に加盟しました。
 
このようにして、計測します。
この場合、50kgの錘と20kgの錘で70kg+目盛で合わせます。

明治時代には、
錘の10貫などを使用し、加えて  貫・匁の目盛りを読んでいたようです。

明治26年(1893 年)には「度量衡法」が定められ、
尺貫制度とメートル法の両方が基準単位なりました。
このダブル・スタンダードは第二次世界大戦頃まで続いたのです。



悠久の時を越えた 洋式ばかり
明治維新後、西洋秤を模製してキログラム単位のかわりに
貫・匁の目盛りをつけた「秤」が 作られ始めました。


その後20年ほどで、ほとんどの[洋式はかり]は、

外国製品に劣らぬ精度で国内で生産するようになったのです。

悠久の時を越えた『封筒』
明治時代の金庫から出てきた
封筒
悠久の時を越え、ここに在ります。
今は、存在しない地名 『香川県綾歌郡飯野村』
電話も『飯野局』と、なっています。

1899年 綾歌郡ができ
1926年 昭和元年
1955年 (旧)綾歌郡飯野村は、丸亀市に編入されましたので、
1926年~1954年に使用されていた物です。

悠久の時を越えた大日本大阪梅原製金庫
古民家(築107年)には、
様々な物が、
悠久の時を越え、ここに在ります。

年代物の金
大日本大阪梅原製金庫も その一つです。


先祖から受け継がれ
長年 大切な思い出を守ってきた金庫なのです。 

悠久の時を越え 『竿計り』97貫500匁の錘
古民家の納屋で発見
竿計り
支点からの距離を変えることによって測定する竿ばかりです。

97貫500匁の錘
(1貫=3.75Kg    1匁=3.75g)




おじいさんの古時計
祖父の時計が、
古民家の納屋で見つかりました。

今は、もう動かない時計ですが、

きっと、
祖父が大切にしていた物でしょう。

玄関の柱に掛けました。

古民家の庭 ヒヨドリ
古民家の庭の
最も北にある木の枝にヒヨドリを発見しました。
「ヒョー」と鳴いて、飛び立ちました。
Copyright © スピリチュアルカウンセラーSACHI 古民家でゆったり オーラ診断&癒し. all rights reserved.