スピリチュアルカウンセラーSACHI* パワースポット【古民家】から発信*心のメッセージ・Q&A

末期がんの母 スピリチュアル「謎解き」
深夜に 旅立った母の訃報を、
翌朝、近親者、親族などに知らせました。
『あと 知らせなければならない人は・・』
と、考えている時でした。
『あっ、母の友人、
   大阪の同窓生の女性は、母の病状を知っていたし、
                                     電話で励ましてくれていた。』
私の携帯電話に履歴が残っている。
(母の謎のメッセージが 心に引っ掛かっていたので、残していたのです。)
すぐに、電話を掛けてみました。                                                  
すると、電話に出られたのは 年配の男性でした。
「香川県の○○(母の旧姓)と申しますが、
                              奥様は いらっしゃいますか?」
男性は、
「いや~。妻は今、四国へ行ってまして、いないんです。」
「そうですかぁ。
        こちら四国の香川県丸亀市です。
  私は 奥様の同級生○○の娘なのですが、
                                実は 昨夜 母が他界致しまして・・」
男性
「え~!妻は 丸亀の同窓会へ出かけているんです。
                                         すぐに連絡を取ってみます。」
しばらくして、母の友人から電話がありました。
「今、丸亀に来ているの。
    同窓会で
  『お母さんも来れたら良かったのに』
    って、皆で話をしているところだったのよ~。
    本当に信じられない~。
          いつ、お亡くなりになったの?」
「昨夜です。本日 通夜をとり行います。」
母の友人
「日本全国に散らばっている お母さまの友達が、
  同窓会に来ているのよ。
              お通夜には、全員でお母さまに会いに行きます。」

このようにして、通夜には母の旧友の皆さまが 参列下さいました。
偶然(?)にも この日は、母たちの同窓会当日だったのです。

もしも、3月に
母が、 妹の携帯で 大阪の友人への電話をしていたら・・
                   『謎のメッセージ』には、 ならなかったでしょう。

不思議ですが、
私の携帯で電話をすることで『謎のメッセージ』に気付き、
通夜が、母の「最後の同窓会」のようになったのです。

『何の意味があって、私なのだろうか?』
                            と言う 私の問いかけに
「こういう意味だったのよ。」
                             と、母が答えているようでした。
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末期がんの母 スピリチュアル 感謝
その夜、旅立ってしまった母。

自分の力不足で、救えなかった悔しさを噛みしめ母の枕元を片付けていますと、亡き母の声が聞こえてきました。

「さっちゃん、頑張ったなぁ」
と、予想外の言葉・・

頑張ったのは、母自身なのに、亡くなっても、ねぎらいの言葉をかけてくれる
母の優しさに、
涙があふれ 止まりませんでした。

生まれて初めて、スピリチュアル的感性に感謝しました。

普段、母に会うのは1年に3回程度だった私が、
この半年、毎日のように母に会っていました。
この180回は、60年分に相当する回数 会うような 凝縮された時間でした。

ずっと、母に心配ばかり掛けていた私でしたが、癒しのパワーにより、母と共に病と闘う事ができたのです。
親孝行できる機会を 与えて下さった守護霊様に 感謝致しました。
そして、別れを惜しむ時間を 与えて下さった神様に 感謝致しました。

この時、母の謎のメッセージは、謎のままでしたが、
翌朝、この謎のメッセージの意味が明らかになるのです。


末期がんの母 スピリチュアル体験 「オメガのブローチ」
深夜、主治医から電話が入り、
「最大血圧が、50mmhgになっています。
                             パワーで何とかなりませんか。」

と おっしゃるのです。

すぐに病院へ駆けつけ
癒しのパワーを送りますと、最大血圧が100mmhgまで上昇、
その夜は、持ち直したのです。

 翌日、
主治医から、
「会わせたい人がいたら、今の内に会わせて下さい。
                  今夜が峠になりそうです。」
と、告げられました。

叔母(母の妹)夫婦を呼び、
病室で、他の人に退室して頂き、姉妹二人だけの時間を作ろうとした時です。
                                                                                
母が、                         
「あれ、あれ、あれを」
と、言うので、
『私に託された母の大事な物の1つ、叔母にあげたいと言っていた・・
                  大きなカメオのブローチの事だ。』
と、察した私は、そのブローチを母に手渡し、退室したのです。
母と叔母、姉妹二人だけの時間、私たち家族が知らない若い頃の話から現在までの人生、そして、これからの事などを話したそうです。

その後
「苦しいから、抱きかかえてほしい。」
と言う母を
私が、抱きかかえると、すぐに元気になった上、アイスクリームを食べたのです。

それでも、その夜、母は、旅立ちました。

末期がんの母 スピリチュアル体験 闘病 4
桜の花も散り、さつきが満開の頃

母に合併症による末期症状が出現し、
足から全身に浮腫が広がりました。
母は、私たちに悟られまいとしていましたが、
視力もほとんどない状態で、
昼と夜の区別が つかなくなっていたのです。

そして、
遺言とも思える言葉を 私に言って聞かせ始めたのです。
 「家の事、母の大事な物の行先、全てを私に託す」と・・

その頃にも、
主治医から
「モルヒネも投与せずに済んでいます。
       末期がん患者さんにとって、痛みが最も大変ですが、
癒しのパワーのお陰で、
       ほとんど痛みのない状態のようです。
                  ありがとうございます。」
と、言葉を頂いた。

深夜、
主治医から電話が入り、
「最大血圧が、50mmhgになっています。
               パワーで何とかなりませんか?」

と、おっしゃるのです。

すぐに、病院へ駆けつけたのですが・・
  ・・

                                         


末期癌の母 闘病 「癒しのパワー」とは
季節は流れ、桜咲く春になり、
母が『すい臓癌、末期、余命1ヶ月』と 診断されてから、半年が過ぎていました。

末期癌は、痛みとの闘いだと聞いていましたが、母は、痛み止めは、ほとんど使用していないのです。
「夜、眠れない時には、座薬を使用する。」
と、言っていましたが、
私が、
「大丈夫、ゆっくり眠れるよ。」
と、声をかけた日は、不思議と、朝まで熟睡していたそうです。

この頃の私は毎日、母の病室へ通い、癒しのパワーで、母の浮腫みと痛みを取っていました。
そして、
病室で 母へ癒しのパワーを送っている時に、
回診のために入室してきた主治医が、
「あっ失礼しました。ヒーリング中ですね。」
「痛みがないのは、助かります、
        痛み止めを使うと体力が落ちますからねえ。
                       本当に助かります。」
と おっしゃり、
カルテに『癒しのパワー』と、書き込まれたのです。

この頃の私は、まだ未熟で、転移した癌を消し、浮腫みや痛みを取れても、
すい臓の癌その物を消滅できずにいました。
『何とか救いたい。』
との思いから、焦りを感じていましたが、
主治医の意見を聞いた後、
「痛みや浮腫みを取るのも、『癒しのパワー』なのだ。」
と、思えるようになったのです。



末期がんの母 スピリチュアル体験 「謎の言葉」
母の病状は、再び快方に向かいました。
一時帰宅した母は、衣替えに備えてタンスの整理をしたそうです。
(後から分かった事ですが、母はこの時に 自分の洋服を奥の方へ納めて、父の洋服を 夏物、冬物と分けて 手前の方へ置いていたのです.)

3月、
73才の母の誕生日、今年の誕生日を迎えられた幸福に感謝しました。
そして、一日でも長く生きていて欲しいと願う私たちでした。

この頃、時々 母は 5月に行う予定の同窓会の話を していました。
母は 同窓会の幹事を引き受けていましたが、
「今年は、地元丸亀市で行うことになっているけれど、
自分の体調が良くないので、大阪の友人に お願いしようと思う。」
と、言っていたのです。
母の身体には、黄疸と浮腫みの症状が出現していましたが、
私が、病室を訪れると 良くなるので、家族は、深刻には考えていないようでした。

仕事を終わらせ、母の病室へ着くのは いつも夕方です。
父や妹は、お昼頃には、病室へ来ていました。
そんな夜、母が
「明日夕方、ここへ来たら すぐに 携帯電話を貸して、
同窓会の事で、大阪の友達に電話をしたいから。」
と、言うのです。
『何故、私なのだろう?』
『急ぎなら、妹が昼間来るから 妹の携帯の方が便利なのに?』
『何の意味があって、私なのだろうか?』
・・
これは、母の「謎の言葉のようでした。
【この謎の意味は、 母の命の灯が消えた翌日に 明らかになるのです】
                                                                                         
翌日、                                                                       
母は、大阪の友人に電話し、病状が良くないので同窓会に出席できない事を伝えていました。
携帯電話から、母を励ます女性の声が 聞こえていました。 
                           

末期がんの母 スピリチュアル体験 闘病 3
手術後には、胆管を胆汁が、流れ始め、母の黄疸は、改善されました。
状は、再び快方に向かったのですが、
その頃、努めて明るく振舞う、私の目の奥を
見通すかのような母の目に負けずと、母の心へ
「大丈夫だから」                                    
と、心で 話しかけていました。      

自分の未熟さと、無力さを痛感しつつ癒しのパワーのコントロールに努力しました。

それでも、母の癌細胞は増殖し、2月末、またもや黄疸の症状が出たのです。
医師から
「3回目の胆管カテーテル施術は、難しいですが、どうしますか?」
と、話がありました。
私は、
「手の施しようがないとおっしゃっていましたが、わずかでも、可能性が あるのでしたらお願いします。」
と、諦めずに闘う決意を固めていました。

しかし、病状を疑い始めた母が、
「何故、良くならないのか?うして、また手術なのか?」
と、家族に問いかけます。

「黄疸が出るのは、胆汁の流れが悪いからだから、
その詰まっている物をカテーテルを通して、取り除くの。
そうしたら、黄色い黄疸がなくなったら、楽になるから、もう一回頑張ろう。」
と、説得。
母は、納得し、3回目の胆道カテーテル施術を行いました。

そして、奇跡的に 手術は成功したのです。

末期がんの母 スピリチュアル体験 闘病 2
冬の到来、私たち家族にとっても 寒風が厳しい日、   
主治医からの説明で、母の癌は、肺に転移していることが分かりました。
私たちは
『末期癌であること』                                   
その事実を 母に告知しない方向に決めました。

母は、
スピリチュアル的感性を持ち、
勘が鋭く、目で語り、人の目から 全てを察知するような人でした。
その母が、私の目と、目を合わさないのです。
『何故?。
私の目から真実を知るのを避けている?
それとも、母自身が癌に勘づいたことを 私に見抜かれないため?』
そんな心の動きも 母には お見通しだったのかもしれませんが・・
それでも、私は 普段通りに仕事をして、夕方 笑顔で面会に行くのでした。
そして毎日、癒しのパワーを送り続けたのです。
その結果、肺に転移が見られた癌の・・
肺の影が消失したのです。

当初、
「年を越せないかもしれない.」
と、言われていた母でしたが、
年末には、一時帰宅、自ら おせち料理を作ったのです。
明るい兆しが見えたかのように思えたのですが、母は、皆に心配をかけないために無理をしていたのでしょう。

年明けから数日後、
容体が悪化、再び黄疸の症状です。
2回目のカテーテルによる施術を行いました。
1回目の施術で胆管に設置したステントの内部に新しいステントを埋め込んだのでした。                                    

末期がんの母 スピリチュアル体験 闘病 1
十数年前の晩秋 11月末でした。
その頃 約半年の間、忙しさで母に会っていなかった私に
『母の身体に黄疸の症状がある。』
との、連絡が入りました。
聞いたその瞬間、嫌な予感がしたのです。

                                                   
=予感的中=
「末期のすい臓癌で、余命1ヶ月、年を越せないかもしれない。」
と、言う診断でした。

当時の私は、癒しのパワーを授けられていましたが、
まだ日が浅く、未熟でした。
それでも、
そっと母の身体に触れると
まっ黄色だった母の目が、白くなり、
黄土色の皮膚が、肌色に変化したのです。

しかし、翌日には、
また目が黄色くなり、肌は黄土色になっていたのです。
それでも、
癒しのパワーを母におくるため毎日のように、病室へ通いました。

その様な時、
医師の勧めで
母は 胆管のカテーテルによる施術を受け、
病状は 快方に向かったかに思えたのですが・・。

スピリチュアル体験・亡き友からのメッセージ
明るい友人でした。                             

友人が 他界する半年前に会った時、
友人の 腰から腹部にかけてのオーラに影があり、くすんでいました。
私は
「腎臓や膀胱に気を付けて。」
と、注意したのですが、
友人は、
「調子よい、どうもないし~」
と、笑っていたのです。

それから半年後、
腎臓に癌が見つかり、他界しました。

『あの時、もっとしっかり言葉を掛ければ良かった・・』
と、悔いる私に
                                                            
ー・-・友人からのメッセージ・-・-
  わずか数十年の人生。
     大いに楽しんでるかい?。
  
  少しの楽しみを大事にしよう。
 
  何が楽しい?
 何が幸せを感じる?
  使命を果たす・・なんて固く考えなくていい。
 
  頑張らなくても・・自ずと 使命を果たしているよ。

 最近何に感動した?

 美味しい物、食べた?

 映画、観た?

 友達と話をした?

 感動した気持ち・・大事に取っといて。。

 きっと
。。楽しかった~って思えるから・・・

。後悔しない人生にしようや。

。今、やれること。
。ゆっくりやっていこう。
。自分のペースでいい。。
。気楽 に
。。。人生やっていこう。

。自分自身の人生なんだから・・
。自分に正直に・・楽しもう。。
。。。。イエーィ

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
 明るいメッセージに
  私の心も 明るくなりました。
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